なつかしのこうのす探検

 いっしょにこうのすを探検してみない?


第1回 「鴻巣市」の誕生

鴻巣市は、平成17年に市制50周年を迎えます。
わたしたちの暮らす鴻巣のまちの歩みを、市制50周年への軌跡をたどりながら、ご紹介します。
鴻巣の街並みは、長い時間の流れとともに大きく変化してきました。
おじいちゃん、おばあちゃんや、お父さん、お母さんの世代には懐かしく、また小中学生などの若い世代には新しい発見があるかもしれません。

 第1回の鴻巣市の誕生からはじまり、以降、10年単位で6回にわたり掲載予定です。


鴻巣市は、昭和29年に鴻巣町、箕田村(みだむら)、笠原村(かさはらむら)、田間宮村(たまみやむら)、馬室村(まむろむら)、常光村(じょうこうむら)の1町5村が合併して県内17番目の市として誕生しました。

江戸時代には中山道の宿場町(旅人や商人が泊まる宿が集まった町)として栄え、370年余の伝統を誇る「ひな人形のまち」として、そして近年では「花のまち」としても全国にその名が知られています。

また、昭和20年代の終わりから30年代にかけて高崎線の電化や国道17号バイパスができるなど交通が発達するとともに、水道やガスも普及し鴻巣の暮らしは飛躍的に便利になりました。

<<昭和29年頃>>

鴻巣市役所(写真をクリックすると大きなサイズの写真が見られます)

鴻巣市役所です。
現在の中央児童公園にありました。
この頃の鴻巣の人口は31,434人でした。
(昭和30年4月 国勢調査より)



中山道です。
おおとり商店会にある「つけしん」さんの看板が見えます。

中山道

火の見櫓からの中山道の眺め

当時、宮本町、法要寺入口付近にあった鴻巣警察署の火の見櫓(ひのみやぐら)より撮影した中山道の眺めです。
現在と比べると、車の通りはとても少なかったです。


中山道及び駅前通りの眺めです。
上が大宮方面です。向かって右側の道を入ると鴻巣駅があります。
駅からの道は中山道までしか通っていませんでした。

中山道と駅前通り

有楽館

当時、鴻巣にあった映画館「有楽館」です。
現在の御成町商栄会玉屋化粧品店さんの前にありました。
その名のとおり、多くの人が集う楽しい映画館でした。
懐かしい映画のポスターがたくさん貼ってあります。